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【CrowdStrike 24 Hours of Spa】
谷口信輝 選手 レースレポート
2024年12月、GOODSMILE RACINGは2025年のスパ24時間耐久レース(Crowdstrike 24 hours of Spa)に6年ぶりに参戦する事を発表した。
スパ24時間レースは、ベルギーのスパ・フランコルシャン・サーキットで開催される自動車耐久レースで、1924年の初開催以来100年以上続く伝統のイベントだ。フランスのルマン24時間レース、アメリカのデイトナ24時間レースと並べて世界3大耐久レースに数えられる。
GSRの古参ファンなら誰でも知る通り、チームは過去に2回、2017年と2019年に同レースに参戦している(当時のイベント名はTotal 24 hours of Spa)。しかしその2回の参戦ともクラッシュにより完走を遂げておらず、それどころか2度の参戦とも決勝前に1台、決勝レースで1台とそれぞれ2台ずつ、合計4台のAMG GT3を大破するという汚名を残している。加えて、2回ともスタートから10時間を過ぎた頃にリタイアしており、レースの半分すら走れていなかった。
このような結果から2019年の2度目の参戦直後から、安藝代表は必ずSpaに戻って完走するとファンに向かって宣言しており、チームにとってSpa完走は悲願の目標となっていた。
しかし2020年からのコロナ禍中は海外渡航が非常に困難になっていた為、Spa再戦から遠ざからざるを得なかった。やがてコロナ禍が終わり、満を持した2024年末に、ようやく6年ぶり3度目の同レースへの挑戦が発表されたのだった。
2025年の参戦体制は以下の通りだ。
チーム名: GOODSMILE RACING ゼッケン: 00
チーム代表: 安藝貴範監督: 片山右京
ドライバー: 谷口信輝/ 片岡龍也/ 小林可夢偉
参戦車両: Mercedes-AMG GT3 メンテナンスガレージ: ランドグラフ
モータースポーツドライバーのラインナップは2017年のGSRによる初めてのSpa参戦と同じく、谷口信輝選手、片岡龍也選手、そして小林可夢偉選手の3名。このメンバーだと参戦クラスは自動的に最上位のPROクラスになる。
また監督には、前回2019年の参戦時には東京オリンピックの自転車競技責任者として奔走していてチームに帯同できなかった(※)片山右京監督が今回はレースウィーク全行程に帯同する。
そして今回のメンテナンスガレージは、ドイツのランドグラフモータースポーツだ。ランドグラフはDTM(ドイツツーリングカー選手権)にAMG車両で参戦を続けており、その活躍が認められて近年Mercedes-AMGのPerformance Teamに昇格した強豪チームだ。今回のGSRのスパ再挑戦にあたり、今最注目のガレージとしてMercedes-AMGから推薦があり、パートナーシップが決まった。
車両はもちろんMercedes-AMG GT3で、日本国旗を意識した赤白をベースにSaitom氏が手掛けたレーシングミクSpa応援Ver.をあしらったデザインがラッピングされていた。
ゼッケンは2017年、2019年にも使用した00番だ。チームは、この体制で悲願のスパ24時間レース完走を目指す。
※ 当時右京監督はレースウィークに帯同はできなませんでしたが、決勝日に東京から0泊の強行軍で応援に駆けつけてくれました
【スパ・フランコルシャン・サーキット(Circuit de Spa-Francorchamps)】
全長: 7.004 km コーナー数: 19(右9、左10) 高低差: 104m 設立: 1921年
所在地: ベルギーリエージュ州スタブロー
特徴: ベルギーの山中にある高速サーキットで、高低差が100m以上のアップダウンの激しいサーキットである。
山中であることも手伝って天候の変化が激しく、サーキットの両側で天気が異なる事も度々起きるなど、予測困
難な事からスパウェザーと呼ばれる。
【スパ24時間耐久レース(CrowdStrike 24 Hours of Spa)】
主催団体: SRO
参加可能車両: FIA GT3規定車両
タイヤ: ピレリワンメイク
レース時間: 24時間
登録可能ドライバー: 3名〜5名(FIAドライバーグレードによる)
【決勝レース】
決勝レースが行われる土曜日は朝から穏やかな天気で、天気予報翌日まで晴れと出ていた。予選日にはまさにスパウェザーだったが、決勝日の天候が安定しているのはそれだけで完走に一歩近づく好条件だ。
この日の朝はマレーシアセパン・サーキットで、SUPER GT第3戦の決勝レースが開催されていた。チーム一同はホテルでセパン遠征組を応援してからサーキット入りをした。既知の通り、この時セパン組は決勝で3位表彰台を獲得しており、スパ組もこれに続けと気合が入る。
前日に行われたスーパーポール序盤でクラッシュした34号車はマシンの修理が出来ず、そのままリタイアとなり、予選の21番手以下が一つ繰り上がることとなった。
この結果、00号車も29番グリッドからのスタートに繰り上がった。
午後4時30分、隊列が動き出し2周のフォーメーションラップが始まった。
レースがスタートするとオールージュへの飛び込みでで左から30番手スタートの111号車と右から31番手スタートの991号車の2台に挟まれポジションを2つ下げてしまう。
さらにケメルストレートでは99号車と、26号車に前に出られてしまう。続くレ・コームでは777号車に、6コーナーでは93号車と立て続けに抜かれてしまった。
プーオンではアウト側から74号車が寄ってきて接触があり、コースオフしかけるも2台とも無事にコースに復帰した。
2周目のケメルストレートで992号車にパスされると、続く3周目にも同じ場所で5号車に先行を許してしまった。木曜から課題だったストレートでのスピードの伸び悩みが大きく響いている。
00号車が4周目に突入していた中、後方で大きなクラッシュが発生する。シケインで52号車と接触しスピンしていた60号車に97号車が避け切れず追突しコース上にパーツが散乱し、今大会最初のFCYが掲示された
。レースが再開されて5周目、またもやケメルストレートで88号車(R8)に抜かれ38番手に下がる6周目、ラ・ソースで188号車(Mclaren 720S GT3 EVO)にインを突かれ、39番手。
8周目、レコームで74号車が並んできて軽い接触をしながら前に出ようとしてきたが、ここはポジションは守る。しかし、9周目のレコームで再び仕掛けてくると今度は守り切ることが出来ずには前に出られてしまい、40番手に後退してしまった。しかし、それでもスティントのベストタイムとなる2分20秒5を記録した。
15周目、レ・コームで333号車がインに飛び込み抜かれてしまった。そこからはポジションを守り24周を走りきり、最初のスティントを終えた。
25周目からは片岡選手へと交代。第2スティントでは26周目に2分22秒5をマークしたが、27周目にコース上で大きなクラッシュが発生。スロー走行していた112号車に上位争いをしていた22号車が追突。2台とも大きくマシンが壊れてしまった。すぐさまFCYが掲示された。そこで30周にチームは片岡選手をピットへ呼び、タイヤ交換、給油を済ませ、ドライバーは代わらずそのままコースへと送り出した。続く第3スティントは、FCYからセーフティーカーに切り替わったのち36周目にレースが再開された。00号車は36番手を走行。40周目にこのスティントのベストラップとなる2分22秒7を記録し、ペースを上げていきたいところだったが、今度は4号車と97号車が接触。97号車はグラベルにはまり動けず。回収の為にFCYが掲示された。さらにコース上の別の場所では70号車に270号車が接触。70号車は走ることが出来ずコース上に止まってしまった。回収作業に時間がかかると予想しFCY中の42周目に片岡選手はピットイン。このピットでも、タイヤ交換と給油のみ行なった。
片岡選手は連続で第4スティントも担当。ここではペースを上げ、49周目に2分21秒000のタイムを記録。67周まで周回を重ねた。
68周目からは谷口選手がマシンに乗り込み、35番手でコースに復帰するも、直後にFCYが掲示された。最終コーナーのアウト側、ピットロードとの間に6号車が止まっていた。この回収をおこない75周目からレースが再開されると、2分22秒3とこのスティントのベストラップをマークした。そのまま89周まで走り、ピットイン。
再び可夢偉選手がコックピットへ。この第6スティントでは、97周目の2分20秒2を含め、2分20秒台を連発し追い上げる。しかし、102周目のラディヨンで11号車が611号車に後ろから押されてコースオフ、クラッシュしてしまった。これによりFCYが掲示され、104周目にピットへ。タイヤ交換と給油のみをおこないコースへと戻る。110周目にレースが再開されると00号車は45番手となっていた。
第7スティントでは、114周目の2分20秒4を含め25周を走り、34番手となったところで、ピットへと戻った。
130周目からは片岡選手が再び登場。いよいよ陽が落ち、ここからはナイトレースとなる。136周目に2分22秒4を記録するも、オープニングラップの接触で左のライトにダメージを受けていた影響で視界が悪く思ったようにペースが上げられない。
141周目に12号車がコースオフし止まるとFCYが出され、FCYが続く144周目にピットに入りタイヤ交換と給油を行う。
第9スティントも片岡が連続で担当。149周目にレースが再開されるが、151周目に00号車は後ろから追突されて左リアの足回りダメージを負ってしまった。そのままピットへと戻るとガレージへとマシンを入れすぐにパーツの交換をおこなう。幸い大きなダメージはなく交換を済ませるとすぐにレースに復帰することが出来た。しかし、それまでなんとかトップと同一周回を走行していたが、これにより5周遅れとなってしまった。
152周目から始まった第10スティントは引き続き片岡選手がドライブする。先ほどのピットインの際に左のライトも応急処置が施され、162周目にこのスティントのベストタイム2分21秒7を刻みながら、176周までを走り切った。
177周目から第11スティントをスタートさせた可夢偉選手は、2分21秒から22秒台で安定して走りながら199周目には2分20秒6を記録。25周を走りピットへと向かった。
続く第12スティントも可夢偉選手担当が担当。205周目に2分21秒000で周回し、順調に周回を重ねていった。00号車が216周を走るところで、同じくMercedes-AMG GT3を使いトップ争いをしていた17号車がホームストレートをスロー走行し、そのままオールージュで止まってしまった。これでFCYとなり、219周にSCに代わったタイミングでピットへと向かった。
220周目から片岡選手がステアリングを握る。221周目にSCが戻りレースが再開されると、3周ほどは集団の中でペースを抑えられてしまった2分25秒台での走行となってしまった。それでも前の車を抜きスペースを確保するとそこからはペースを上げ、242周目には2分21秒0をマークする安定した走りを見せた。そしてこのスティントの中で前回の10時間48分の記録を超え、片岡選手は27周を走りピットへと向かった。
第14スティントも引き続き片岡選手がドライブする。248周目に2分20秒9を記録するも、翌周ブランシモンでトラックリミットをカットしてしまい6回を超えてしまう。次のピットのタイミングでペナルティストップ30秒が課される。その後は安定した走りを見せ、259周目を走行中にスタートから12時間を超え、ようやく折り返しとなった。そのまま271周まで25周を走り、片岡選手のナイトセッションが終わった。
次の可夢偉選手はトラックリミットのペナルティを消化してから、第15スティントを開始。277周目には2分20秒2を記録しながら2分20秒から21秒台を中心に周回を重ね、296周目にピットへと向かった。
そのまま可夢偉選手が次のスティントに出るが、直後に23号車がエンジンブローで止まりFCYが出された。そこでコースへ復帰したばかりだが、チームはこのFCYの間に12時間を超えたあとに義務づけられているテクニカルピットストップをおこなうことにした。このピットストップでブレーキ交換などをおこない、可夢偉選手のままコースへと戻った。
305周目にレースが再開されると、可夢偉選手は安定した速さで周回を重ねる。そして空はだんだんと明るくなりグッドスマイルレーシングは初めてのスパの夜明けを迎えた。317周目にはこのレース中の00号車のファステストラップとなる2分20秒1を記録した。318周目の8コーナーで64号車がストップしFCYが出されると、319周に可夢偉選手をピットへ戻した。
320周目からは明るい時間担当の谷口選手が第18スティントをスタート。325周目にレースが再開される。トップ集団に挟まれなかなかペースが上げられない場面が多いが、341周目に2分21秒5を記録しながら24周を走った。
第19スティントも谷口選手が続投。ここではペースを上げ、346周目に2分20秒4をマークした。しかし、00号車が349周目を走行中に21号車が7コーナーでスピンしグラベルにはまってしまう。FCYが出され車両の回収に時間がかかると予想したため、352周目に谷口選手をピットへ戻し、タイヤ交換、給油を済ませた。
353周目からの第20スティントも谷口選手が担当してトリプルスティント。354周目にはレースが再開され、379周までの27周を走り抜いた。
レースも残りわずか。380周目からの第21スティントは片岡選手が務める。順調に周回を重ねピットタイミングが近づいてきた401周目に93号車が11コーナーの立ち上がりで止まりFCYが出された。そこでピット作業を済ませることに。
404周目から始まった第22スティントも片岡選手が担当。コースへ戻るとすぐにレースは再開され、2分21秒から22秒台の安定したラップを重ね25周を走り、可夢偉選手へと交代した。
可夢偉選手が走る第23スティントも2分21秒から22秒台で周回していた。しかしここでマシンに異常が発生する。走行中にマシンから異音が発生してパワーダウンがあった為、可夢偉選手は447周目に緊急ピットイン。チームはマシンをピットに入れ、エンジンのチェック行った。すると、エンジン内部に深刻なトラブルが発生している事が判明する。エンジニアを交えてなんとかしてゴールまで走らせる策はないか検討するも、残り時間内に修理する事は不可能で、この状態でコースに車を出すわけにもいかないという結論に至った。
ゴールまで残り時間3時間40分、チームは苦渋の決断をした。GSR3度目の挑戦も残念ながら完走に至らず、ここでDNFに終わることとなった。
レースは63号車GRT Grasser Racing Teamのランボルギーニ・ウラカンGT3 Evo2が549周を走って総合優勝、2位に96号車RuntroniK Racingのポルシェ911GT3R、3位に51号車AF Corseのフェラーリ296GT3がトップと同一周回でゴールした。
■谷口信輝コメント
我々グッドスマイルレーシングにとって、今回が3度目のスパ24時間チャレンジとなりましたが、残念ながら今回も24時間を走り切ることはできず、悔しさと残念な気持ちでいっぱいです。
今回ジョインしたランドグラフチームは、全体的に人も良く、雰囲気もよかったのですが、正直クルマのパフォーマンスには課題が多く、勝てるようなパッケージではなかったと思います。戦えるマシンではなかったかもしれませんが、それでも我々の今回の最大の目標は「無事に完走すること」。その目標に向かって、チーム全員で力を合わせて頑張ってきました。
結果としてその目標を達成できなかったのは本当に悔しいですが、SUPER GTとスケジュールが重なる中、グッドスマイルレーシングとしても大きな予算をかけてこのプロジェクトを実現してくれた安藝さんには、心から感謝しています。
今回のスパでの経験は、僕の人生の中でも非常に色濃い記憶として残るものになりました。本当に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
またこの地に戻ってこられるかは分かりませんが、やはりスパはそう簡単な場所ではなく、「スパの女神は今回も優しくなかったな」と感じています。